【開催日】2025年3月23日(日)
【会場】兵庫県立武道館 第一道場
【主催】真日本実戦空手道連盟 岡村道場
【後援】姫路市・姫路市教育委員会・姫路市体育協会・播磨空手道連合会
参加申し込み用紙と参加費を同封の上、現金書留にてお送りください
〒670-0971 姫路市西延末504 TEL.079-292-8210
上級7,000円
https://okamuradojohimejih.wixsite.com/mysite
姫路城を観光しよう
姫路城(ひめじじょう)は、「白鷺城(しらさぎじょう)」とも呼ばれる、白くて美しいお城で、日本で一番有名な、昔の武将たちが住んだお城のひとつです。遠方から大会に参加される際はぜひ観光されることをおススメします。
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黒田官兵衛って誰?
黒田官兵衛(くろだ かんべえ)は、戦国時代(約450年前)に活躍した日本の武将(ぶしょう)で、頭がとても良い人でした。彼の本名は「黒田孝高(くろだ よしたか)」ですが、「官兵衛」という名前でよく知られています。
どういう人?
黒田官兵衛は、兵庫県の播磨(はりま、今の姫路市あたり)の小さな大名の家に生まれました。家のために頭を使って戦や政治の作戦を考えるのがとても得意で、「軍師(ぐんし)」という、リーダーにアドバイスをする役割を果たしました。戦国時代はたくさんの武将たちが戦をしていた時代で、黒田官兵衛はその中でもとても賢いことで有名でした。
何をしたの?
官兵衛は、豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)という有名な武将に仕えました。秀吉が日本を統一するのを手伝い、戦や政治でたくさんの作戦を成功させました。たとえば、敵を戦わずして降伏させる方法を考えたり、どうやって城を守るかをアドバイスしたりしました。
有名なエピソードは?
あるとき、敵に捕まって牢屋(ろうや)に入れられるという大変な経験をしました。1年以上も牢屋に閉じ込められていましたが、あきらめずに生きのび、その後また秀吉のもとで活躍しました。
どんな性格だったの?
頭が良く、冷静で、人を信じる心を持っていました。でも、ときにはその賢さゆえに「秀吉が官兵衛を恐れていた」とも言われています。それだけ大きな力を持っていたということですね。
どんな人生だったの?
秀吉の後、黒田官兵衛は「福岡」というところに大きな城を作り、自分の家族や家臣たちとその地を治めました。そして、黒田官兵衛の息子や子孫も福岡を守り続けました。
黒田官兵衛は、「戦国時代の天才」とも言えるような人で、たくさんの人に尊敬されました。今でも、その名前は歴史の教科書や大河ドラマなどで知られています。
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